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追憶

追憶

「初恋の記憶 2」

 島と水沼は同じ小学校出身で、物心ついてからこのかたずっと親友の間柄だった。同じ磯山地区であり、通学路もほとんど同じであり、帰りは部活が終わるのを待って一緒に帰ることも多い。成績は島はずっと小学校ではトップで、水沼はそれを追いかけるほうだった、しかし運動は水沼が得意で、例えば走るのはトップ。島は体育が苦手だった。
 島は特に試験に備えて勉強していたわけでもないが、中学では入学後すぐ行われた実力試験では学年で5番に入った。一学期の中間テストでは3番、期末テストは5番と、まずまずのトップクラスを維持していた。水沼はそこまでではないが、20番程度の優秀なほうである。
 
 中学に入学して部活を決めるとき、島も水沼も、どの部に入るかは当然重大問題だった。大久中学校の校長の方針で、「全員体育部に入らなければならない」ことになっていた。体育部しかない状態だった。精神を鍛錬するためには体育が重要、との方針らしい。
 体育が苦手な島は、できれば水沼や同じ府中小学校出身の男子仲間といっしょの部に入っていれば安心、怖い先輩や先生のシゴキがあってもいっしょにグチを言うこともできる、との思いがあったのだが、期待どおりにはならなかった。水沼はなぜか、体格からは分不相応に見えるのに、「柔道をやる」と決めてしまっていた。島はとても柔道をやる気にはなれなかった。他の府中小出身の男子たちの仲間は、卓球部に決めようとしていて、実際に登録する前から練習に加わっていた。そこで島は「卓球部」と届けを出した。ところが、他の者は皆、突然正式登録をテニス部(軟庭)にしていたのである。
 島はその日から卓球部に行って面食らった。府中小出身者は男子も女子もだれもいないのだ。その上、数日で実態がすぐわかったが、二年生、三年生に一人ずつ怖い先輩がいて、「一年坊主、集まれ」と言ってはシゴキを入れる。毎日、素振り500回、素振り専用の鉄が入っている重いラケットだ。 交代で英語で1から20まで数えながら延々と繰り返す。審判をするとき21本までを英語でカウントするから、入学ほやほやで英語を知らない一年生は、まず20までの英語を覚えなければならない。それから、ひたすら、うさぎ跳び、腹筋、腕立て伏せ、などなど筋肉、体力づくりだ。それが終わると、「球拾い」 朝連は7時過ぎから8時過ぎの授業前小テストが始まる直前までみっちりある。放課後も2時間ほどある。大久中の卓球部は郡内では常勝、備前第二地区でも優勝か準優勝をしてきた強豪であったのだ。ピンポンをやっていればいいと、安易な気持ちで入部したのがそもそもの間違いだった。
 ははあ、あいつら、こういう事情で卓球部をやめたな。
と島はすぐに気がついた。 あらかじめ、府中小の仲間に聞いておくべきだったと後悔しても、正式登録を出した後では、それこそ後の祭りだった。一年生の男子の卓球部員は、となりの美杉小学校出身者ばかりだった。それでも島は登録したからには、ネを上げずに、この厳しいトレーニングについていった。

 大久中学校は町内の三つの小学校区から成っている。町で唯一の国鉄大久駅西側一帯の旭川から国道二号線にかけて、もっとも開けた地区を含む三島小学校区。大久中学校もこの三島小に隣接している。それから町の中央部、役場や県道もあるが、ほとんど田園地帯の府中小学校区、それに最も山あいで駅からも、中学校からも最も遠い美杉小学校区である。生徒の人数比はだいたい三対ニ対一である。昭和五十年代、ひところのベビーブームは過ぎて、生徒数もかなり減ってきている。一学年百人前後であり、島の学年でも約五十数人が三島小、約三十人が府中小、十数人が美杉小出身であった。それをうまく一クラス三十数人で、各小学校出身者を均等に振り分けた3クラスにしている。 だから入学してすぐの一学期の級長を投票で選ぶと、どうしても人数の多い三島小出身の成績優秀なものがなる。しかし二学期にもなると、皆お互いに性格や成績もわかってくるから、出身小学校など関係なく、成績がよい人気のある者が選ばれるようになる。島はすぐにクラスのリーダー的存在になっていた。リーダーといっても自分で決めて引っぱっていく、というタイプではないように思われる。どちらかというと、他の人が助けたくなるような、それでいて島を中心に皆がまとまる、というような感じだ。
 それぞれの小学校出身者で特徴がある。美杉小出身者は少人数であるだけに、閉鎖的な面が強く、小学校時代にかなりいじめが起こったということも公然と知れている。府中の者は比較的おっとりしている。三島小は成績優秀者が多い、しかも特に女子は優秀だという噂だった。
 卓球部で美杉小出身5人の中にひとり放り込まれた府中小出身の島を、彼らは数人でいじめようとしたフシがあった。例えば、自転車の鍵をすきを狙って奪い、わざと草むらの中に隠して、島がどうするか見るのである。しかし島は理不尽なことには毅然として折れないところもある。ついには相手も根負けして折れてしまう。そうこうしているうちに、島はかれら美杉小出身の卓球部一年生とも仲良くなり信頼される存在となった。かといって卓球でも運動能力でも劣るほうだったが。
 C組の中では美杉の番長こと氏家毅(うじいえつよし)も、気がついた時は島のファンになっていた。彼は卓球部ではなく、水沼洋平と同じ柔道部だ。府中の番長格である安木(やすぎ)もC組にいた、授業中のうるささでは相変わらずクラスで一番だったが、番長の貫禄ではやはり氏家だ。一学期の級長、岩井は三島小出身で優等生タイプ、女子では、応援団のチアリーダーに志願した宮本陽子と上浦彰子は美杉小出身で、美杉の中では勉強、体育とも優秀なほうだ。
 C組担任は佐藤先生という新人の女性教師で、音楽が専門だった。新人ではこの多彩なメンバーをまとめ切れず、苦労されているようであった。 ともかく、C組の体育祭準備は島や水沼、岩井ら、女子では宮本、上浦コンビらを中心に進んでいた。
 島にとって体育は苦手だったが、運動会だけは小学校の時から大好きで、一年中で最も楽しい日なのであった。中学になった今年もそれは基本的に変らない。

体育祭の前は他の授業も練習に充てられる。次の日はラジオ体操の練習とフォークダンスが行われた。島は、背の順で一クラスが男女ともニ列づつになるから隊列の一番後ろである。そこで、先生の号令のまま、なにげなく体操をしていた。先生はあの白石教務主任である。体育教師でもないのに、体育祭ははりきっている。
「もっと手を伸ばせ、大きく回せ」
と叫んだりしている。島は、皆が先生が期待するほどにはきびきびと動いていないのを漠然とながめながら、自分の身体を動かしていた。その時、
「おい、そこの一番後ろ」 
という白石先生の声がとんだ。島は自分のことかどうか、よくわからないままあたりを見回していたが、白石先生が島であることに気付き、
「おう、島か、よう手が伸びとる。一番後ろでもよう目立っとるわ。皆、島を見習え!」
と言った。島にしてみれば、てっきり叱られるのかと覚悟していた。別にそんなに一生懸命やっている意識はなかった。しかし、どうせ身体を動かすのなら、手や足は中途半端にするより、ピンと筋が伸びるのを感じるくらいにしたほうが心地いい。だから自然と手足を伸ばし、大きく回すくせがついているのかもしれなかった。
 キョトンとしている島のほうを、皆が、いつも一生懸命だな、という顔をして振り向いていた。女子の列で島の隣にいた上浦も、島のほうを向いていた。島と目が合うとにこりとして見せた。島は、苦笑しながら、違う、というように手を横に振っていた。皆は島が模範生なのはいつものこと、くらいにしか思ってないが、上浦には動揺した自分の心情を見透かされているようで。しかし、それだけ上浦が自分のことを分ってくれているような気がした。それだけ最近、無意識のうちに気になる存在になっていたのかもしれなかった。

次がフォークダンスである、男女のペアで手をつないで入場するところから練習する。島と上浦はここでも偶然にも後ろから二番目同士でペアであった。以前から上浦とはペアだったが、特別に意識せずに手をつないでいたはずであった。ただ、ここ数日の彼女との出来事や、水沼の冷やかしを思い出していると、やはり相手が上浦であることを意識せずにはいられなかった。しかし上浦は積極的に思えるくらいに手を出してくる。島が上からその手に自分の手を添える。
「や、まだ行進始まってないのに、仲いいね」
と近くから宮本が冷やかした。島はギクッとしていたが、上浦は気にかけず、
「手冷たいね。きょう暑いのに。」 
「そうかな?」
「手の冷たい人は心が温かいって。」
そう言われると余計に彼女と手が触れ合っていることを意識して照れてしまった。
「冷や汗が出てきた。」
「なんでよ?」
「手、掴まれてると、いつ叩かれても逃げられないもん」
上浦は、にこりとして、たたく真似をした。島は、ほら見たことか、というように一旦手を離して逃げようとしたが、逆に彼女に掴まれて引き戻された。
「いてて、ばか力」
「また、じゃれとるで、あの二人」
近くの男子が言った。
それから島はもとの隊列に戻って、上浦と背比べをして
「ウラちゃん、最近伸びたよね」
と言った。
入学したときはたぶん島と同じぐらい小柄だったが、女子は伸び盛りの時期でもある。
「うん、でも他の子も伸びてるからまだ2番目。 和男君はあんまり変らんね」
そういいながら、わざと肩を並べて、肩の位置が自分のほうが少し高いことを確認し、
「あ、肩の位置比べてもだめだわ、頭の大きさで負けとるから」
と、いたずらっぽく笑っている。島は逆に上浦の頭を叩くマネをして、
「彰子(しょうこ)!」
と呼び捨てにしてやった。彼女は、ちょっと身をちぢめた。
その時、「ピッー」と笛が鳴って行進が始まったので、二人は正面を向いて進んでいった。下から差し出した上浦の手に島が上から載せている状態で、歩調を合せて進む。彼女の手のやわらかい感触が妙に気になっていた。
全体で環になるまで進んで、フォークダンスの曲が始まると、次々と相手を交代しながら男子と女子が逆方向に回っていくので、島と上浦はそこでペアは終わりだった。ただ、もう一曲あって、それは逆周りなので、また同じペアまで戻ってくることもある。その日はもうあと数人というところで、上浦まで戻ってこなかった。もう一度回ってきたら、あの手の感触を確かめられたのに、と、そういうことまで気になりだしたことに、島自身驚いているのだった。


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